こんにちは。
ニューヨークにあるパーソンズ美術大学 Strategic Design & Management修士(SDM)というデザインスクールに留学しております @tagoshun と申します。
昨年の5月より大学院と並行して、Newlab というハードテック領域に特化してスタートアップ支援を行っている会社で9ヶ月ほど働いています。
Newlabは、テクノロジーとビジネスに寄りがちなハードテック分野において、デザインやアートの要素も大事にしている面白い会社なのですが、日本ではまだまだ知名度が低く、インターネット上に出回っている情報が殆どないのが現状です。
そんな中、最近日本の大学や政府系の関係者の方から、Newlabの事業や取り組みについてお問い合わせやご関心をいただくことが増えてきています。
そこで本シリーズではNewlabの歴史や事業モデル、業務内容、そして実際に働く中で感じた学びについて書いていきます。
Vol.1 :Newlabの概要と歴史 👈 今回はここ
Vol.2:Venture Studioに入った経緯
Vol.3:Venture Studioでの仕事内容
Vol.4:ハードテックを前に進めるデザインとは?
ハードテック領域における起業、ビジネスデザインに関心のある方にとって少しでも役に立つ内容になれば幸いです。
0. ハードテック(Hard Tech)とは?
Newlabの説明に入る前に「ハードテック」について簡単に触れておきます。
ハードテックとは世の中を大きなインパクトをもたらす可能性を秘めている一方で、商用化や社会実装のハードルが高い(もしくは時間がかかる)と言われている先端技術のことです。例えばロボティクス、核融合などの次世代エネルギー、高機能バイオ素材などの分野を指します。
Deep Tech、Bio Tech、Climate Techと呼ばれる領域と近く、ソフトウェアだけでは完結せず、リアルなモノ=ハードウェアが絡むことが多いため技術的なハードルが高く、事業化が難しいのが特徴です(Deep TechやClimate Techは必ずしもハードが含まれているわけではなかったりしますし、筆者も専門家ではないのでここでは細かな定義論には入りません)
詳しく知りたい方はぜひ以下の記事をご参照ください。
ハードテック&バイオテック起業家へのアドバイス (Startup School 2019 #18)
1. Newlabは何をやっている会社なのか?
Newlabとは
Newlabは気候変動など地球規模の問題の解決に資する革新的な技術を生み出し、育て、社会に実装していくことをミッションとする会社です。
エネルギー、マテリアル、モビリティという3分野を中心にハードウェア、バイオ系のスタートアップ支援、コミュニティ運営、そしてベンチャー創出を行っています。
ニューヨークのブルックリンにある本社に加え、2023年の2月にはデトロイト市のMichigan Centralというモビリティ分野のイノベーション施設の中に新たな拠点をオープンしました(ニューヨークオフィスの3倍の大きさ!)。ウルグアイにも小規模なオフィスがあり、現在は3拠点で運営しています。
Newlabの事業構成
Newlabは主に以下4つのプログラムの運営を通して上記のミッションを遂行しています。
1.Membership(メンバーシップ)
ハードウェア、バイオ系のスタートアップに対してコワーキングスペースサービスを提供。オフィススペースだけでなく、ハードウェアの研究開発やプロトタイプ製造に必要な設備が一通り揃っています。
更に、ドローンの飛行テストなど建物内外の広大な敷地を使ったフィールドテストなども可能で、スタートアップにとって大きな魅力になっています。
〈代表的な入居企業〉
CLIP:既存の自転車を簡単に電動自転車 (e-bike)にできるデバイス
Amogy:アンモニアを利用したクリーンな燃料電池システム
Gradient:温室効果ガスの排出を75%削減する家庭用ヒートポンプ
TÔMTEX:100%性分解性素材で作られた革代替素材
URBAN-X:BMW/MINIのイノベーション部門
10XBeta:ハードウェアのプロトタイプ開発・製造支援
2.Investments(ベンチャー投資)
ベンチャーキャピタルとして、ファンドを組成。Newlabの注力領域のスタートアップに対しシード期からシリーズAまでの投資を行います。
上記メンバーシップに参加している企業の全てに投資しているわけではなく、またメンバー企業であるからといってNewlabから投資を受けなければいけないわけではありません。
3.Innovation Studios(イノベーションスタジオ)
政府、自治体、民間企業がスポンサーとなり、課題を設定。その課題の解決に資するスタートアップ企業を募り、実証実験のデザイン及び実行を支援・推進するオープンイノベーションプログラムです。
例えば"Circular City Studio" というスタジオは、ニューヨーク市がスポンサーとなり、温室効果ガス排出の可視化やエネルギー効率の良いビルマネジメントなど、循環型社会 (Circular Economy)の推進にかかわる技術の実装を目指します。
パートナーとしてはVerizon、Ford、Orstedなどの大企業、ニューヨーク市、ウルグアイ政府などの政府自治体がおり、スタジオ単位では拠点のある3地域以外で展開するケースもあります。
4.Venture Studio(ベンチャースタジオ)
Newlabの持つネットワークを活かし、ゼロから新たなスタートアップを立ち上げる所謂 スタートアップスタジオ をモデルとしたプログラムです。
機会領域の探索、事業コンセプトの開発および検証プロセスのファシリテーション、創業者となる研究者や起業家(EiR)の発掘、シード投資、事業のローンチおよび拡大支援までを一気通貫で行います。
これら4つの活動はそれぞれ独立した事業活動ではありますが、相互にネットワークや知見などを共有し合うことでうまく全体の輪が拡がっていく仕組みになっています。
注) 2023年4月時点でHPからVenture Studioに関する記載は消えているようなので、2023年3月までの情報としてご理解ください。
また、敷地の中に大きめのイベントスペースを有していることもあり、ハードテックコミュニティのための物理的なハブになっていることも特徴の一つです。
筆者が参加してからも、バイオ×デザインのグローバルコミュニティであるBIOFABRICATE のサミットや、細胞農業 (Cellular Agriculture) のカンファレンスである NEW HARVEST が行われ、世界中から多くの参加者が集まり賑わいを見せていました。
ちなみに、Newlabのメンバー企業の数自体は200以上を数えますが、筆者が所属するNewlab本体の社員自体は11-50名程度であり、Newlab自体もまだまだスタートアップであるといえます。
2. Newlabの歴史
Newlabの創業者
Newlabは2016年にDavid Belt と Scott Cohen の2名によって2016年に創業されました。Davidは不動産開発ファームのMacro Seaの創業者、そしてScottは社会起業家であり映画監督という経歴の持ち主。
立ち上げのきっかけは、二人がBrooklyn Navy Yard Building 128、という現在のNewlabになっている場所を見学したこと。
同地域は古くは先住民のアサリ漁場として、17世紀にオランダ人が入植した後は製造業の拠点として利用され、近代においては世界初の蒸気動力軍艦であるUSS Fulton IIやUSS Arizonaの製造が行われるなど、アメリカの海運と技術の歴史が詰まった土地です。
特に元造船所ということで、高さ21メートルもある巨大な建造物を一目見た瞬間、すぐに心を奪われ、新しいアイデアを立ち上げるプラットフォームとして生まれ変わらせることを思いついたそうです。
こうした歴史背景や広大な敷地面積をふまえ、アメリカ東海岸およびニューヨークにおいて最先端技術に関わる挑戦的な仕事をしている革新的な人々を支援し、それを加速させる手段としてNewlabは設立されました。
Newlabの建築コンセプト
建築デザインはニューヨークにて数々の建築・都市デザインプロジェクトを手がける Marvel が担当。創業メンバー及び当時のChief Design OfficerのNicko Elliott も含めて入念にコンセプトを検討していったとのことで「楽観主義的なムードであった1970年代から見た未来」というテーマに基づいて空間をデザインしているそうです。
実際に働いていても、入居スタートアップのデモや製品開発の風景を日常的に見ることができ(企業秘密という概念はあまりない)、いわゆるガレージオフィスのような「仲間と新しい何かに打ち込める場所」といった雰囲気を感じられる一方、洗練されたオフィス空間としての側面もしっかり感じられるとてもエキサイティングな職場環境に仕上がっていると感じます。
Newlabの経営
2016年の創業当初はハードウェア系スタートアップ向けコワーキングスペース事業を主軸としていたNewlabですが、2018年に現CEOのShawn Stuartが加入したことが大きな転換点となり、4つの異なる事業モデルを包含する経営スタイルが確立されました。
このShawnは元々Google X発の自動運転車開発企業 WaymoのCBO (Chief Business Officer) であり、それ以前もAirbnbやExpediaなどのスタートアップでビジネス責任者を務めてきた人物です。
Shaunは個人的にも何度も直接話す機会に恵まれましたが、CEOという肩書きとは裏腹に、非常にオープンで人柄も良く、メンバーからの信頼も厚い人物です。
AirbnbやExpediaのようなツーサイドプラットフォームサービスにおけるビジネス開発とオペレーションの実務経験が豊富なこともあり、あるべきビジネスモデルを描いた上で、着々とそれを実現していくという非常に地に足のついた経営スタイルで、謙虚なもの言いの中にも、経験と実績に裏打ちされた絶対的な自信を節々に感じます。
実際、中で数字を見ると彼が着任したことでNewlabが目覚ましい成長を遂げたことは明白であり、改めて経営者が事業にもたらすインパクトの大きさを認識しています。
まとめ
今回はNewlabの概要や歴史について、公開情報だけでなく社内から見た視点も併せて書いてみました。
改めて、NewlabはMIT Media Lab やGoogleのX, The Moonshot Factory など、いわゆる先端技術による「イノベーションラボ」と、フランス パリのSTATION F のようにハードウェア系のスタートアップが集まる物理的な「コミュニティ」という二つの側面を併せ持ったユニークな組織体だと思います。
日本にもスタートアップ向けコワーキングスペースやコミュニティ、アクセラレーションプログラムなどは多数存在していますが、ハードテックに特化したものや産官学間の強固な連携の元で運営・推進されている事例はまだ少ないように思います。
気候変動など大きな問題に立ち向かっていく上では、ソフトウェアのみならずハードウェアの力が不可欠ですし、インフラや政策など変えなければならないものの対象も大きく・重くなっていきます。
“Innovation is a team sport, not a solo act” とNewlab内部でもよく言われておりますが、こうした領域においては 民間企業、政府自治体、研究機関の連携を促すオープンイノベーションのアプローチと、それを着実に推進していくコーディネイターの存在が重要です。
Newlabが目指しているのはまさにこのコーディネイターであり、アメリカが国として成長領域に位置付けているハードテック産業のエコシステムそのもののエンジンとしてのポジションを狙っているのだと思います。
日本でも同じアプローチが有効とは限りませんが、「半官半民」のような考え方でNewlabのような取り組みを行う組織が今後生まれてくるのか、それによって価値が生み出せるのか、といった点には個人的にも非常に関心を持っていますし、近い将来そうした仕組みや場をつくる仕事がしたいと思っています。
実は筆者自身は5月から別の会社に移ることになっており、Newlabからは離れてしまうのですが、日本のスタートアップ産業にも何かしら参考になる点があるのではないかと思い、実際に働いてみた中で得た気づき、学びを書いてみました。Vol.2, 3に続きます。