本稿は、筆者が Newlab というニューヨークに拠点にハードテックスタートアップの支援を行っている会社で働く中で感じた学びについて書いている連載の3本目になります。
Vol.3:Venture Studioでの仕事内容 👈今回はここ
Vol.4:ハードテックを前に進めるデザインとは?
今回は、筆者が実際に働いていたNewlabのVenture Studioというチームで実際に取り組んでいた業務内容について書きました。
Venture Studioって何をやってるの?
筆者は2022年の5月から12月末まで Venture Studio にてシニアベンチャーストラテジストとして働いていました。
実はその後体制変更などもあり、現在は事業開発のチームで新規プロジェクトの立ち上げに携わっているのですが、本稿ではより長い期間を過ごしたVenture Studioでの業務内容を取り上げたいと思います。
Newlabでは、スタートアップ・パートナー企業・政府自治体との取り組みを通じて、マテリアル、モビリティ、エネルギー業界に関する様々な情報が集まります。
これらの情報を統合・分析する中で、業界の抱える課題に対して最適なスタートアップや技術そのものが存在しない領域(=ホワイトスペース)を発見することがあります。
これを機会として捉え、新たな事業を創出していくためのチームがVenture Studio(ベンチャースタジオ)です。
そもそもベンチャースタジオって何?という方のために代表的な事例を挙げると、Modernaを輩出したFlagship PioneeringというVCが有名です。過去20年以上にわたり、独自のベンチャービルディング手法を磨き上げ、これまで約100社のサイエンス系スタートアップを設立・育成することに成功しています。
また、厳密にはベンチャースタジオモデルではないものの、BCG Digital Ventures (現BCG X) もVenture buildingの手法を用いて、大企業の新規ベンチャー創出に特化したコンサルティングビジネスを世界中で展開しています。
以下、参考までにベンチャースタジオを有している企業をいくつか紹介します。
Deep Science Ventures - Climate Tech, Agri Tech領域のベンチャービルダー
Founders Factory - Venture Studioとアクセラレータープログラムを併設
Zinc - メンタルヘルスや環境問題領域にフォーカスを置くVC兼Venture Studio
Rainmaking - 世界各国30カ所の拠点を持つベンチャービルダー(日本にも拠点あり)
アクセラレーターやインキュベーターと何が違うの?
よく聞かれる質問として、「ベンチャースタジオってアクセラレーターやインキュベーターと何が違うの?」というものがありますが、筆者なりには以下のように理解しています。
インキュベーター:起業家を育成する
アクセラレーター:初期段階のスタートアップの成長を支援する
ベンチャースタジオ:自らが事業アイデアを作り、客員起業家と一緒に起業する
具体的なスコープの違いに関しては、以下の図が非常にわかりやすいです(参照元)。
明確な違いとして、ベンチャースタジオは事業アイデアと創業チームの両方をつくり、初期投資を行うところまでコミットする、という点があります。
また、アクセラレーターやインキュベーターはトレーニングやメンタリングなどを中心に起業家のサポートをしますが、ベンチャースタジオの場合は一緒になって事業を立ち上げるというスタンスなので、そういったプログラムはありません。
さらに、リスクの取り方についても、ベンチャースタジオには特徴があります。
こちらは、スタンフォード大学の教授であるSteve Blankがベンチャースタジオ、アクセラレーター, VCの違いについて整理した表です。
ベンチャースタジオはVCやアクセラレーターとは異なり、年間に創出するスタートアップの数が2-4と少なく、集中的にリソースをかける分、事業上のリスクがある程度排除された状態で創業できるため、成功確度が高くなるはず、という考え方に基づいて成立しています。
Venture Studioにおける事業創出のやり方
Venture Studioにおける事業創出の方法論は様々なのですが、Newlabでは主に2つのアプローチを採用していました。
一つは「Founder first」で、外部からEiR(客員起業家)を雇い、事業コンセプトの立案から並走していくというもの。
もう一つは「Technology First」で、大学や企業の研究所が保有している技術(特許)を起点に事業を立ち上げていくというものです。
筆者は後者のTechnology Firstのアプローチを取るプロジェクトにアサインされ、大学保有の特許技術を元に、事業機会の探索、コンセプト立案、プロトタイプのテスト、投資家向けピッチデックの作成、 CEO / CTO候補のリクルーティングといったベンチャー立ち上げのための一連のプロセス(=スプリント)を推進していました。
このスプリントは、3-4ヶ月で完結する設計になっており、前半の2ヶ月ではデスクリサーチやエキスパートインタビューを通じて事業機会の探索および選定までを行います。おそらくVCやコンサルティングファームが行うマーケットリサーチやDD(デューデリジェンス)に似た業務だと思います。
事業機会を絞り込んだ後は、ビジネス仮説の検証のためのプロトタイピング、顧客・ユーザーを巻き込んだパイロットテストなど所謂デザイン思考の方法論を用いるフェーズに移行します。
今回の案件では、バイオ素材に関する技術を扱っていたので、初期顧客候補であった某ラグジュアリーブランドのR&D部門にサンプルを送付し、実際の開発環境での製品テストを行ったり、先方が購入意思決定を行う上で求められる細かな製品仕様を聞き出しながら、まだ存在しない製品のスペックシートを作る、といったことをやりました。
ハードテック × ベンチャービルディングの方法論は、ソフトウェアと異なり、まだハッキリと確立されたものが存在していないのが現状です。
未成熟であるが故に、仮説を持って方法論を試しながら、より良いものを作り上げていく面白みが詰まっている領域だと思います。個人的にも、これまで培ってきたハードウェアの商品企画やマーケットリサーチのスキル、そしてデザインスクールで学んでいる内容の掛け合わせで価値を出せる領域を見いだせたことは大きな収穫でした。
3. チームメンバーと求められる人材
仕事は何をするかだけでなく誰とするのかという点も等しく重要です。Newlabは特性の異なる4つの事業を運営していることもあり、様々な領域のエキスパートが集まっています。
筆者の所属していたVenture Studioだけをみても、以下の通り、多彩かつ経験豊富なメンバーが多く、一緒に仕事を進める中で濃い学びを得ることができました。
〈スタジオメンバーの経歴例〉
- BCG Digital Ventures のDirector として複数のコーポレートベンチャーを創出
- 投資銀行でM&A → AntlerというスタートアップインキュベーターのEiR (客員起業家)
- MITで機械工学修士を学んだ後、国際支援プロジェクトを手がけるNGOや、frog designなどのデザインファームでデザインリサーチャーを歴任。
- トロント大で環境科学修士卒後、バイオ素材スタートアップのCOO
実際に一緒に働いてみた感想として、ハードテック領域の特性上やはり理系バックグラウンドは大きなアドバンテージになることを痛感しました。
例えば、バイオテクノロジーに関わる事業を検討する場合、関連領域での修士号+実務経験を持っていると圧倒的に機会選定のスピードと精度が上がります。そしてこのスピードと精度は、短い時間と限られたリソースの中で連続的に事業機会の見極めを求められるベンチャービルディングの世界において圧倒的に価値が高いです(当然と言えば当然ですが)。
業界知識や専門用語に関しては慣れればある程度カバーできる部分と感じましたが、理系修士+ビジネス or デザインの専門性を持っている同僚と肩を並べて仕事をしていく環境の中で、自分ならでは価値をどのように定義し、発揮していくかという点については、今後ハードテック、ディープテックの領域で事業創出に関わる上では強く意識せねばならないと感じます。
ちなみに、筆者は逆説的ではありますが、自分がVenture Studioで本当の意味で価値を出すためには、スタートアップの中に身を置いて事業の立ち上げとスケールの両方を経験することが必要だという結論に至り、卒業後の進路もNewlabにそのまま就職するのではなくスタートアップを選ぶことにしました。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
ベンチャースタジオは多様なスキルを持つ人材が密に協働し何かを生み出していく環境という観点でとても奥深く、発展可能性のあるモデルだと個人的に思っています。
まだまだ課題や改善点も多く、試行錯誤が必要な段階ですが、いつの日か自分自身がスタジオを立ち上げることを想像しつつ、引き続き動向を追っていきたいと思います。